このデータベースは現在開発段階です。内容は随時更新・修正されます。

最終更新: 2026-07-20

半側空間無視

説明

病巣と反対側の空間にある刺激に対して、報告・反応・定位ができなくなる症候である。
視覚・聴覚・触覚などの要素的な感覚機能は保たれており、同名半盲とは区別される [1]。

半盲との鑑別は臨床上とくに重要である。同名半盲だけの場合は、視線を見えない側に向ければ
その側のものを見ることができるが、半側空間無視ではその探索自体が起こらない。

右半球損傷(とくに頭頂葉)による左側の無視が多く見られる。
重症度は、日常生活場面でのみ現れる軽度のものから、
身体が病巣側を向いたまま促しても無視側を見られない重度のものまで幅がある。

軽度の場合、両側同時刺激を行うと病巣反対側を見落とす一側消去現象として現れる。

病巣

  • 右下頭頂小葉、側頭頭頂接合部
  • 上側頭回
  • 腹側前頭葉
  • 上縦束(白質線維の離断)

検査

  1. BIT行動性無視検査

    • 線分抹消、文字抹消、星印抹消
    • 図形模写、自発画
  2. 線分二等分検査

  3. 行動評価

    • Catherine Bergego Scale(日常生活場面での評価)
    • 自己評価と検者評価の乖離から病態失認を検出できる

分類上の論点

半側空間無視を「注意の障害」に置くか「視空間認知の障害」に置くかは、決着していない。
このデータベースでは複雑性注意に収載しているが、これは一方の立場を採ったというより、
運用上の選択である。以下の三つの立場が並立している。

注意ネットワーク説

現在の主流である。Corbetta と Shulman は、無視は特定脳領域の構造的損傷よりも
注意制御の分散型皮質ネットワークの機能不全によってよく説明されると論じた [2]。
右腹側前頭頭頂ネットワーク(再定位・標的検出・覚度という非空間的機能を担う)の損傷が、
背側前頭頭頂ネットワーク(空間性注意)の生理学的異常を誘発する、という二段構えのモデルである。
無視の右半球優位性と解剖学的分布は、このモデルから導かれる。

無視患者で空間性の障害と非空間性の注意障害が併存することも、この立場を支持する [3]。

厚生労働省のガイドライン(令和5年版)も、半側空間無視を「注意障害」の下位に置いている。

表象説

Bisiach と Luzzatti のミラノ大聖堂課題では、視覚入力が一切ない心的イメージの記述でも
左側が脱落した
[4]。これは「入力への注意配分」だけでは説明しにくく、
空間表象そのものの障害を示唆する。

石合らの表象二等分課題は、この立場からの直接の反証実験である。左端を手がかり提示した後の
線分二等分での右方偏倚は「物理的線分の右セグメントへの過剰注意」では説明できず、
手がかり時点で形成された心的表象に対して無視が生じている、と結論された [5]。

多成分症候群説

そもそも単一カテゴリへの帰属自体が誤りだ、という立場である。
知覚−感覚性無視と探索−運動性無視は二重乖離し、消去現象を伴わない無視も存在する [6]。
Vallar 自身も、近年の研究は症候群内の乖離に焦点を当てており、
多くの研究者が無視を多成分性障害とみなしていると認めたうえで、統一説を擁護している [7]。

なお Bálint が1909年の原著に付けた表題は「空間性注意の障害」であった。
注意という枠組み自体は、この領域の出発点から存在している。

文献

  1. Adair JC, Barrett AM. Spatial neglect: clinical and neuroscience review: a wealth of
    information on the poverty of spatial attention. Ann N Y Acad Sci 2008;1142:21-43.
    (総説。PMID 18990119 / DOI
  2. Corbetta M, Shulman GL. Spatial neglect and attention networks.
    Annu Rev Neurosci 2011;34:569-99.(総説。PMID 21692662 /
    DOI
  3. Karnath HO. Spatial attention systems in spatial neglect. Neuropsychologia 2015;75:61-73.
    (総説。PMID 26004064 / DOI
  4. Bisiach E, Luzzatti C. Unilateral neglect of representational space.
    Cortex 1978;14(1):129-33.(原著。PMID 16295118 /
    DOI
  5. Ishiai S, Koyama Y, Seki K, Izawa M. Line versus representational bisections in
    unilateral spatial neglect. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2000;69(6):745-50.
    (原著、患者8例。PMID 11080226 /
    DOI
  6. Liu GT, Bolton AK, Price BH, Weintraub S. Dissociated perceptual-sensory and
    exploratory-motor neglect. J Neurol Neurosurg Psychiatry 1992;55(8):701-6.
    (症例2例。PMID 1527542 / DOI
  7. Vallar G, Bottini G, Sterzi R. Anosognosia for left-sided motor and sensory deficits, motor
    neglect, and sensory hemiinattention: is there a relationship? Prog Brain Res 2003;142:289-301.
    (総説。PMID 12693268 / DOI