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最終更新: 2026-07-20

意欲障害(アパシー)

説明

目標に向かう行動が量的に減少する状態である。新しい行動を自ら開始することが困難になり、自発的な活動が著しく低下する。外的な刺激に対する反応は保たれていることがあり、促されれば行動できるのに、自分からは始めない、という乖離が特徴的である。この乖離があるため、家族からは「怠けている」と受け取られやすく、本人は「やる気が出ない」ことを苦痛として訴えないことも多く、抑うつとの区別が問題になる。

行動面(活動の減少、日課の中断)だけでなく、認知面(計画を立てない、関心の対象が減る)と情動面(出来事に対する感情反応の平板化)にも及ぶ。診断基準ではこれらの側面を分けて評価することが求められている [1, 2]。本人の訴えではなく、発症前との比較にもとづく行動の変化として評価する点も共通している。本人が困っていないことは、この症候を否定する根拠にはならない。

原因は多様で、脳血管障害、前頭側頭型認知症をはじめとする変性疾患、外傷性脳損傷、Parkinson 病、統合失調症などで生じる。責任回路としては前頭前野-基底核回路、とくに前部帯状回と内側前頭前野を含む系が繰り返し指摘されている [3]。

病巣

  • 内側前頭前野
  • 前部帯状回
  • 前頭前野(背外側部を含む)
  • 基底核(尾状核、淡蒼球)と前頭葉-皮質下回路
  • 視床(前核、背内側核)
  • 脳卒中後のアパシーでは前頭葉皮質の萎縮が予測因子となるという報告がある [4]

検査

  1. 行動の観察と聴取(評価の中心)

    • 発症前と比較した活動量の変化
    • 自発的な開始の有無と、促したときの反応の対比
    • 日課・趣味・対人交流の変化
    • 本人の報告と家族の報告を分けて記録する(両者は乖離しやすい)
  2. 診断基準にもとづく評価

    • 目標指向的行動、認知活動、情動のそれぞれの側面を分けて評価する
    • 症状の持続期間と、日常生活機能への影響の確認
  3. 標準化された評価尺度

    • Apathy Scale(やる気スコア):意欲低下の程度の評価
    • Apathy Evaluation Scale:行動・認知・情動の各側面の評価
    • NPI(Neuropsychiatric Inventory)のアパシー項目
  4. 鑑別のための評価

    • 抑うつ(悲哀感、罪責感、希死念慮など、アパシーでは通常伴わない要素の有無)
    • 運動機能(寡動・無動との区別)
    • 意識・覚醒度
    • 遂行機能(計画、開始、切り替え)

分類上の論点

アパシーをどの上位カテゴリに置くかは定まっていない。 少なくとも三通りの位置づけがありえる。

  1. 遂行機能障害の下位として、行動の開始困難(発動性の低下)を遂行機能の一成分とみなす立場
  2. 行政的な「社会的行動障害」の下位として、その第一項「意欲・発動性の低下」に対応させる立場
  3. 独立した動機づけの障害として、遂行機能とも社会的認知とも別に立てる立場

この三つは相互に排他的ではないが、どこに置くかによって評価の入口も介入の設計も変わる。

診断基準の側は一貫して第三の立場を採っている。 Robert らの診断基準も [1]、それを神経認知障害全般に拡張した改訂基準も [2]、アパシーを独立した臨床構成概念として定義することを目的として作られている。臨床試験の対象を定義するためには独立した基準が必要である、という実務的な要請がその背景にある。

うつとの重複は大きく、両者を排他的に扱うことはできない。 軽度アルツハイマー型認知症734例を対象とした横断研究では、診断基準にもとづくアパシーが41.6%、うつが47.9%に認められ、32.4%が両方の基準を満たした [5]。つまりアパシーを呈する患者の多くはうつの基準も満たす。「アパシーかうつか」という二者択一の問いの立て方そのものが、この所見と整合しない。両者の併存を前提として、それぞれの要素がどの程度あるかを記述するほうが実際的である。

行政的な「社会的行動障害」との対応については、脱抑制の項に置いた対応表を参照されたい。 高次脳機能障害診断基準における「①意欲・発動性の低下」は、症候としてはアパシーを指しており、その帰属先は社会的認知ではなく遂行機能ないし動機づけの系である。

文献

  1. Robert P, Onyike CU, Leentjens AF, Dujardin K, Aalten P, Starkstein S, et al. Proposed
    diagnostic criteria for apathy in Alzheimer's disease and other neuropsychiatric disorders.
    Eur Psychiatry 2009;24(2):98-104.
    (診断基準の提案。PMID 19201579 / DOI
  2. Miller DS, Robert P, Ereshefsky L, Adler L, Bateman D, Cummings J, et al. Diagnostic criteria
    for apathy in neurocognitive disorders. Alzheimers Dement 2021;17(12):1892-1904.
    (診断基準の改訂。PMID 33949763 / DOI
  3. Moretti R, Signori R. Neural Correlates for Apathy: Frontal-Prefrontal and Parietal
    Cortical-Subcortical Circuits. Front Aging Neurosci 2016;8:289.
    (総説。PMID 28018207 / DOI
  4. Mihalov J, Mikula P, Budiš J, Valkovič P. Frontal Cortical Atrophy as a Predictor of
    Poststroke Apathy. J Geriatr Psychiatry Neurol 2016;29(4):171-6.
    (原著。PMID 27056065 / DOI
  5. Benoit M, Berrut G, Doussaint J, Bakchine S, Bonin-Guillaume S, Frémont P, et al. Apathy and
    depression in mild Alzheimer's disease: a cross-sectional study using diagnostic criteria.
    J Alzheimers Dis 2012;31(2):325-34.
    (横断研究、軽度アルツハイマー型認知症734例。PMID 22543849 /
    DOI