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失音楽
説明
音楽の知覚や産出が選択的に障害される症候である。旋律、リズム、和音の認識や理解が困難になり、
以前は聞き分けられた曲が分からなくなったり、音程の外れに気づけなくなったりする。言語音や
環境音の認知は保たれていることが多く、音楽に特異的な障害を示す。
聴覚失認の階層のなかでは、皮質聾 → 広義の聴覚失認 → 純粋語聾/環境音失認/失音楽という
位置づけになる [1]。失音楽は、広義の聴覚失認のうち音楽の処理が選択的に損なわれた下位型である。
音楽の認知と環境音の認知は二重乖離することが示されており、一方が保たれてもう一方が
障害される組み合わせが双方向に報告されている [2]。
音楽の処理は、聴知覚、統語・意味処理、注意と記憶、情動と報酬、運動技能にまたがる広汎な両側性
ネットワークによって担われている [3]。したがって失音楽は単一の機能の脱落ではなく、このネットワーク
のどこが損なわれたかによって現れ方が変わる。
病巣
- 側頭葉(上側頭回を中心とする聴覚連合野)— 音楽処理ネットワークの中核 [3]
- 右前頭側頭ネットワークとそれを結ぶ白質路 — 後天性失音楽で役割が強調されている [3]
- 前頭葉(音楽の時間的処理、統語的処理に関与)
- 発達性の異常による場合は、この網の構造的・機能的な形成不全が背景にある [3]
検査
音楽知覚の検査
- 旋律の弁別・再認
- リズムの弁別
- 音程・調性の判断
- Montreal Battery of Evaluation of Amusia(MBEA)— 音楽能力の複数の側面を評価する
標準化されたバッテリー。健常者160名の個別データが公開されており、検査再検査信頼性と
正規分布性が確認されている [4]
音楽記憶の評価
- 既知の旋律の再認
- 短い旋律の遅延再生
音楽産出の評価
- 歌唱、旋律の模倣
- 楽器演奏(発症前に技能があった場合)
他の聴覚モダリティとの対比
- 環境音の同定
- 語音聴取・聴覚的理解 — 二重乖離の有無を確認する
純音聴力検査
- 聴覚閾値の測定 — 末梢性難聴の除外
分類上の論点
この項目の見出しは以前「感覚性失音楽」であったが、「失音楽」に改めた。
理由は、「感覚性/運動性」という対比を明示的に定義した文献を今回の調査では確認できなかった
ためである(未確認)。この対比が臨床の慣用として存在しないと断定するものではなく、確認できて
いないというだけである。
現代の総説は、この軸ではなく先天性(congenital)/後天性(acquired)という軸で失音楽を
整理している [3]。先天性失音楽は脳の発達の異常に由来し、後天性失音楽は脳損傷に由来する。
後天性失音楽では、近年の神経画像研究により右前頭側頭ネットワークとその線維連絡の役割が
強調されるようになった [3]。
分類そのものの歴史は Kawamura と Miller が整理しており、Salomon Eberhard Henschen
(1847-1930)の古典的研究に遡る系譜が辿れる [5]。
音楽と環境音の関係についても議論がある。Vignolo は、1883年以降の詳細な報告45例の review と、
一側性脳卒中患者40例への標準的検査の施行を行い、症例報告では音楽が選択的に障害される例が多い
一方、非選択的に集めた患者群では逆に環境音のほうが障害されやすいという逆転を示した [2]。
報告例の分布から自然な頻度を推定することはできない。
文献
- Miceli G, Caccia A. Cortical disorders of speech processing: Pure word deafness and auditory
agnosia. Handb Clin Neurol 2022;187:69-87.(総説。PMID 35964993 /
DOI) - Vignolo LA. Music agnosia and auditory agnosia. Dissociations in stroke patients.
Ann N Y Acad Sci 2003;999:50-7.(総説・症例研究。PMID 14681117 /
DOI) - Sihvonen AJ, Särkämö T. Music processing and amusia. Handb Clin Neurol 2022;187:55-67.
(総説。PMID 35964992 / DOI) - Peretz I, Champod AS, Hyde K. Varieties of musical disorders. The Montreal Battery of
Evaluation of Amusia. Ann N Y Acad Sci 2003;999:58-75.(総説。PMID 14681118 /
DOI) - Kawamura M, Miller MW. History of Amusia. Front Neurol Neurosci 2019;44:83-88.
(総説・歴史。PMID 31220839 / DOI)