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最終更新: 2026-07-20

病態失認

説明

自身の疾病や障害を認識できない症候である。明らかな神経学的症状があるにもかかわらず、その存在を
否認したり、重要性を過小評価したりする。片麻痺に対する無自覚(anosognosia for hemiplegia)が
代表的で、右半球損傷後の左片麻痺で報告されることが多く、患者は麻痺した手で拍手をしたと主張する
ことさえある。

病態失認は選択的でありうるのが特徴である。複数の障害を持つ患者が、そのうち一つの障害にだけ
無自覚で、他の障害はきちんと認識しているということが起こる。

この概念の成り立ちには経緯がある。von Monakow(1885年)や Dejerine と Vialet(1893年)が
自らの障害に気づかない皮質盲の患者を記載していたが、彼らはこの無自覚を臨床記述全体から
切り分けてはいなかった。Anton(1899年)が、皮質聾と皮質盲における障害の無自覚を、
神経学的欠損そのものとは独立した症候として初めて概念化し
、それ自体を一個の現象として扱い、
特定の神経解剖学的変化と結びつけようとした。そして Babinski(1914年)は、まさにその
Anton が概念化した臨床実体を指すために anosognosia という語を造り
、皮質聾・皮質盲の無自覚から
片麻痺の無自覚へとこの概念を拡張した [1]。「疾病の知識の欠如」を意味するこの語の選択によって、
「知識の欠如」と「疾病」が切り離され、片麻痺以外の多様な障害にも適用できる一般的な用語となっ
た [1]。

したがって、Anton症候群は病態失認の下位型として位置づけられる。詳細は Anton症候群の項を
参照されたい。

病巣

  • 頭頂葉(とくに後部頭頂皮質)
  • 前頭葉
  • 島皮質
  • 右半球に多いとされてきたが、左半球病変例も報告されている(後述)[2]

検査

  1. 障害の自覚の評価

    • 自身の症状についての自由な語りを求める
    • 障害の有無を直接問う質問と、その障害を要する行為を実際に求める課題との対比
    • 障害ごとに別々に問う — 病態失認は選択的でありうる
  2. 半側空間無視の評価との併用

    • BIT 行動性無視検査
    • Catherine Bergego Scale(CBS)— 日常生活場面での無視を、本人評価と観察者評価の
      双方から採点し、その乖離から無視に対する病態失認を捉える
  3. 神経心理学的背景の評価

    • 全般的認知機能
    • 注意機能
    • 感情・情動の評価 — 動機づけ要因の関与を見るため
  4. 経過の追跡

    • 急性期と回復期での自覚の変化

分類上の論点

病態失認と「疾病否認(denial of illness)」を区別すべきかどうかが、この症候をめぐる主要な
論点である。

Gainotti は、疾病を認めないことが必ずしも自覚の欠損によるとは限らないと論じている [1]。それが
ストレスに対する極端ではあるが理解可能な適応である場合があり、その状態は anosognosia ではなく
denial of illness(疾病否認)と呼ぶほうが適切だ、というのが彼の主張である。病態失認は
認知要因と動機づけ要因の双方に由来する多面的な現象として捉えるべきだというのが、現在の
見方である [1]。

責任半球についても再検討が進んでいる。病態失認は長らく右半球病変に特徴的とされてきた
が、Simioni らは PRISMA に準拠した系統的レビュー(2025年2月28日までの検索で893件を同定、
25件を採用)により、左半球損傷患者における運動障害の病態失認の報告有病率が 3.6〜50%
及ぶことを示した [2]。この幅の広さは、運動障害と病態失認の双方について用いられる評価法と診断
基準が研究間で大きく異なることを反映していると考えられる。病巣データが提示されている研究では、
右半球損傷後の病態失認の基盤として同定されている分散的ネットワークと実質的に重なっていた。
著者らは、左半球損傷後の病態失認は従来考えられていたほど稀ではなく、右半球が運動意識に対して
排他的な役割を持つという仮説には疑問がある
と結論している。ただし現在の証拠は数が少なく
異質性も高いため、多施設研究が必要だとも述べている [2]。

評価法の未整備は実務上の問題でもある。Grattan らは半側空間無視を伴う患者を対象に
Catherine Bergego Scale の項目別に検討し、病態失認の頻度が項目によって 29.2〜83.3% と大きく
変動すること、本人評価と観察者評価の一致度が項目評定で κ = −0.07(一致なし)から 0.23
(軽度の一致)にとどまることを示した(対応のある t 検定で総得点にも有意差あり、n = 37)[3]。
どの日常活動について問うかによって、同じ患者が病態失認ありとも無しとも判定されうるということ
である。

また Barrett は、急性期の右半球脳卒中において、汎用的な認知神経学的診察では半側空間無視も
障害の無自覚も確実には検出できない
と指摘している [4]。右半球脳卒中の生存者の最大80%が、この
「見えない障害」を診断されないまま急性期医療を離れているとされる [4]。

文献

  1. Gainotti G. History of Anosognosia. Front Neurol Neurosci 2019;44:75-82.(総説・歴史。
    PMID 31220837 / DOI
  2. Simioni M, Basilico S, Gandola M. Anosognosia for motor deficits in patients with left
    hemisphere lesions: a systematic review. Front Neurol 2025;16:1681303.
    (系統的レビュー。PMID 41234934 / DOI
  3. Grattan ES, Skidmore ER, Woodbury ML. Examining Anosognosia of Neglect.
    OTJR (Thorofare N J) 2017;38(2):113-120.(原著。PMID 29251546 /
    DOI
  4. Barrett AM. Spatial Neglect and Anosognosia After Right Brain Stroke.
    Continuum (Minneap Minn) 2021;27(6):1624-1645.(総説。PMID 34881729 /
    DOI