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失感情症
説明
自分自身の情動を同定し、言語化することの困難である。情動が消失しているのではなく、生じている情動に気づき、それを言葉として取り出す過程が障害されている。患者は身体感覚(動悸、胃の不快感)としては変化を訴えられるのに、それが何の感情なのかを言えない。また空想や内省が乏しく、思考が具体的・外的な事実の記述に偏る(外的志向的思考)ことも特徴とされる。
もともとは心身症の文脈で記述された性格特性であるが、後天性脳損傷の後に新たに出現することが知られており、organic alexithymia(器質性失感情症)と呼ばれる [1]。この場合、発症前との比較が重要になる。生来の特性としての失感情症と、脳損傷によって新たに生じたものとでは意味が異なるため、家族から発症前の様子を聴取する必要がある。
外傷性脳損傷後の頻度は高く、患者群の 60.9% が失感情症の基準に該当したのに対し、対照群では 10.9% であったと報告されている [2]。この研究では失感情症と情動的共感の低下との関連も示されており、自分の情動へのアクセスの障害が、他者の情動への反応の乏しさとして現れる可能性が論じられている [3]。また失感情症は、認知機能そのものよりも心理社会的な転帰と強く関連するという報告がある [1, 4]。
臨床上の含意は、「感情がない」という記述をそのまま採らないことにある。 失感情症の患者は情動を経験していないのではなく、それを報告できない。したがって本人への質問にもとづく情動評価は成績を過小に見積もり、抑うつの評価も不正確になる。行動観察と家族からの聴取を併用する必要がある。
病巣
- 右半球(情動の処理と表出への関与)
- 島皮質(前部)
- 前部帯状回
- 内側前頭前野・眼窩前頭皮質
- 脳梁(両半球間の情動情報の伝達の障害として説明する仮説がある)
- 後天性の失感情症の責任病巣は一定しておらず、単一の部位には帰せられていない
検査
質問紙による評価
- TAS-20(Toronto Alexithymia Scale):感情の同定困難・感情の伝達困難・外的志向的思考の三因子を測る自己記入式質問紙
- 自己記入式であることの限界(自己の状態を報告する能力そのものが障害されている)を踏まえ、他の情報源と併用する
他者評価・行動観察
- 家族からの発症前後の比較の聴取
- 情動的な場面での表出(表情、声、行動)の観察
- 身体症状としての訴えの有無
関連機能の評価
- 表情認知
- 共感(とくに情動的共感)
- 抑うつ(失感情症と重複しやすく、質問紙では分離しにくい)
鑑別
- アパシー(情動の平板化ではなく、目標指向的行動の減少)
- 抑うつ
- 情動失禁(表出の制御の障害であり、同定の障害ではない)
分類上の論点
失感情症は自己の情動に関する障害であり、他者の情動に関する障害である社会的認知とは、本来別の水準にある。 それにもかかわらず社会的認知の項目群に置かれるのは、両者が臨床的に強く関連し、また共通の神経基盤(島皮質、前部帯状回、内側前頭前野)が想定されているためである。自己の情動を同定する過程と他者の情動を推論する過程が同じ資源を用いているという仮説(シミュレーション説)がその根拠とされるが、これは確立した見解ではない。
性格特性としての失感情症と、脳損傷後に新たに生じた失感情症を、同じ尺度で測ってよいかにも議論がある。 TAS-20 をはじめとする尺度は心身医学の文脈で開発されたものであり、器質性の失感情症を測る妥当性は別に検証を要する。とくに自己記入式である点は、この症候の評価としては原理的な弱点を抱えている。
行政的な「社会的行動障害」との対応については、脱抑制の項に置いた対応表を参照されたい。
文献
- Henry JD, Phillips LH, Crawford JR, Theodorou G, Summers F. Cognitive and psychosocial correlates of alexithymia following traumatic brain injury. Neuropsychologia 2006;44(1):62-72.(比較研究。PMID 15896816 / DOI)
- Williams C, Wood RL. Alexithymia and emotional empathy following traumatic brain injury. J Clin Exp Neuropsychol 2009;32(3):259-67.(原著。外傷性脳損傷群の60.9%、対照群の10.9%が失感情症に該当。PMID 19548166 / DOI)
- Neumann D, Zupan B, Malec JF, Hammond F. Relationships between alexithymia, affect recognition, and empathy after traumatic brain injury. J Head Trauma Rehabil 2014;29(1):E18-27.(原著。PMID 23407425 / DOI)
- Wood RL, Doughty C. Alexithymia and avoidance coping following traumatic brain injury. J Head Trauma Rehabil 2013;28(2):98-105.(症例対照研究、外傷性脳損傷71例・対照54例。PMID 22495103 / DOI)