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最終更新: 2026-07-20

脱抑制

説明

社会的に不適切な行動を抑制できなくなる症候である。衝動的な行動、社会的規範の無視、場にそぐわない発言や振る舞いが現れる。状況に応じた適切な行動の選択が困難になり、周囲の反応を考慮せずに行動してしまう。初対面の相手に立ち入った質問をする、公共の場で不適切な発言をする、金銭を後先を考えずに使う、といった形をとる。

患者本人は、自分の行動が不適切であることを言葉の上では理解していることが少なくない。 「そういうことは言うべきでないと分かっている」と述べながら、実際の場面では同じ行動を繰り返す。知識としての社会規範は保たれているのに、行動の場面でそれを用いて自分を抑えることができない、という乖離が特徴的である。したがって「社会規範を知っているか」を問う課題では検出されず、行動の観察と家族からの聴取が評価の中心になる。

外傷性脳損傷後の社会的脱抑制については、その現れ方が単一ではないことが指摘されている。衝動的な行動、社会的規範への鈍感さ、対人的な境界の喪失などが区別されうるものの、これらを安定して分ける評価法は確立していない [1]。前頭側頭型認知症では脱抑制が診断基準に含まれる中核症状であり、進行に伴って現れ方が変化する。

病巣

  • 眼窩前頭皮質
  • 腹内側前頭前皮質
  • 前部帯状回
  • 前頭葉(前方部)
  • 側頭極(前頭側頭型認知症では前頭葉に加えて関与する)

検査

  1. 行動観察と聴取(評価の中心)

    • 診察場面での対人的な距離の取り方、発言の適切性
    • 家族からの、発症前と比較した行動の変化の聴取
    • 金銭・食事・性行動における変化
    • 本人の自覚(不適切さを言語的に理解しているか)を、行動と分けて記録する
  2. 神経心理検査

    • 反応抑制課題(Go/No-Go 課題など)
    • 干渉抑制課題
    • 遂行機能検査全般
  3. 評価尺度

    • FrSBe(Frontal Systems Behavior Scale):アパシー・脱抑制・遂行機能障害の三領域について、発症前と現在を分けて評価する
    • NPI(Neuropsychiatric Inventory)の脱抑制項目
    • 本人回答と家族回答を分けて取得する
  4. 鑑別・併存の確認

    • アパシー(同一患者に併存しうる。下記「分類上の論点」を参照。診断基準は [2])
    • 情動失禁
    • 躁状態
    • 保続(行動の反復であって、抑制の障害とは異なる)

分類上の論点

「眼窩前頭=脱抑制」という図式は成立しない

背外側前頭前野が遂行機能、内側前頭前野がアパシー、眼窩前頭皮質が脱抑制に対応する、という三分割は説明として広く用いられている。しかしこの対応は一対一ではない。

Peters らは前頭側頭型認知症を対象とした検討で、眼窩前頭の機能低下がアパシーと脱抑制の両方に関連していたことを報告している [3]。アパシーと脱抑制は行動としては正反対に見えるにもかかわらず、同じ領域の障害から生じうるということである。Zamboni らも前頭側頭型認知症におけるアパシーと脱抑制の神経基盤を検討し、両症状が部分的に重なる領域と関連することを示している [4]。

臨床的な含意は明確である。眼窩前頭病変を見て脱抑制を予測することも、脱抑制を見て眼窩前頭病変を推定することも、確実ではない。 アパシーと脱抑制が同一患者に併存することも珍しくないため、一方を認めたときに他方を除外してはいけない。

行政的な「社会的行動障害」は学術的な「社会的認知」と一対一対応しない

高次脳機能障害診断基準(厚生労働省)に列挙されている「社会的行動障害」の五項目は、行政上の支援カテゴリであって、症候の分類ではない。それぞれの症候としての帰属先は次のとおりである。

行政カテゴリ(厚労省) 実際の帰属
①意欲・発動性の低下 アパシー → 遂行機能/動機づけ
②情動コントロールの障害 前頭葉性脱抑制(眼窩前頭)
③対人関係の障害 ここだけが社会的認知に対応
④依存的行動 発動性低下+人格変化の複合
⑤固執 保続/set-shifting → 遂行機能

五項目のうち、学術的な社会的認知(心の理論、表情認知、共感)に対応するのは③のみである。①と⑤は遂行機能の問題であり、②は前頭葉性の脱抑制、④は複数の症候の複合である。したがって「社会的行動障害あり」という記載からは、どの症候が存在するかを読み取ることができない。逆に、社会的認知の障害を評価したければ、この五項目とは別の枠組みで課題を選ぶ必要がある。

村井俊哉は、社会的行動障害を「特定の脳領域との明確な対応関係があるものではなく、さまざまな問題行動の総称」であり「概念を規定する背景理論が希薄」であるとしたうえで、遂行機能障害・アパシー・脱抑制の三症候群への再分類を提案している [5]。この三症候群はそれぞれ背外側前頭前野(DLPFC)・内側前頭前野(MPFC)・眼窩前頭皮質(OFC)に対応させられている。

ただし村井自身が重要な留保を付けている。 「損傷部位から行動変化のパターンを予測するところまではいかないことがほとんど」であるという指摘である。つまりこの再分類は、行政カテゴリよりも症候学的に整合した記述の枠組みを与えるものであって、病巣から症状を予測できるようになったことを意味しない。前節に述べた Peters らの所見も、同じ方向を指している。

この留保を落として三分割だけを引用すると、成立しない図式を広めることになる。

文献

  1. Osborne-Crowley K, McDonald S. A review of social disinhibition after traumatic brain injury. J Neuropsychol 2016;12(2):176-199.(総説。PMID 27696753 / DOI
  2. Miller DS, Robert P, Ereshefsky L, Adler L, Bateman D, Cummings J, et al. Diagnostic criteria for apathy in neurocognitive disorders. Alzheimers Dement 2021;17(12):1892-1904.(診断基準。PMID 33949763 / DOI
  3. Peters F, Perani D, Herholz K, Holthoff V, Beuthien-Baumann B, Sorbi S, et al. Orbitofrontal dysfunction related to both apathy and disinhibition in frontotemporal dementia. Dement Geriatr Cogn Disord 2006;21(5-6):373-9.(原著。PMID 16534207 / DOI
  4. Zamboni G, Huey ED, Krueger F, Nichelli PF, Grafman J. Apathy and disinhibition in frontotemporal dementia: Insights into their neural correlates. Neurology 2008;71(10):736-42.(原著。PMID 18765649 / DOI
  5. 村井俊哉. Jpn J Rehabil Med 2018;55:46-51.(総説。社会的行動障害の再分類の提案。J-Stage 収載のため PMID なし)