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最終更新: 2026-07-20

共感の障害

説明

他者の情動状態を共有し、理解し、それに応じて反応することの障害である。家族からは「冷たくなった」「こちらが具合が悪くても気にかけない」という形で訴えられる。本人が自らこれを訴えることはまれで、対人関係の悪化として周囲から問題化するのが通例である。

共感は通例、二つの成分に分けて論じられる。情動的共感は他者の情動を自分でも感じ取る、いわば伝染的な過程で、島皮質と前部帯状回を含む系が関与するとされる。認知的共感は他者が何を感じているかを推論する過程で、内側前頭前野を中心とする系が関与するとされる [1]。この二つは分離しうるとされ、たとえば前頭側頭型認知症では両者がともに障害される一方、疾患によっては一方が選択的に障害されると報告されている。

評価には、他者の情動を認知できているかと、それに情動的に反応できているかを分けて見る必要がある。 表情を正しく読み取れているのに反応が伴わない場合と、そもそも読み取りの段階で失敗している場合とでは、介入の設計が変わる。外傷性脳損傷では、失感情症(自己の情動の同定・言語化の困難)が共感の低下と関連することが報告されており [2, 3]、他者の情動への反応の乏しさが、自己の情動へのアクセスの障害に由来している可能性も考慮される。

病巣

  • 島皮質(前部):情動的共感
  • 前部帯状回:情動的共感
  • 内側前頭前野:認知的共感
  • 眼窩前頭皮質・腹内側前頭前皮質
  • 側頭頭頂接合部、上側頭溝
  • 扁桃体
  • 情動的共感と認知的共感に対応する領域は部分的に重なっており、明確に分離できるわけではない

検査

  1. 情動的共感の評価

    • 他者の情動場面に対する自律神経反応・表情反応
    • 情動的な映像・物語への反応の観察
    • 家族からの、共感的な言動の変化の聴取
  2. 認知的共感の評価

    • 他者の情動状態を推論する課題
    • 表情や声からの心的状態の読み取り
    • 心の理論の課題と重複するため、両者を同時に記録する
  3. 前提となる機能の評価

    • 表情認知
    • プロソディの認知
    • 失感情症の評価(自己の情動の同定・言語化)
  4. 質問紙による評価

    • 対人反応性指標(Interpersonal Reactivity Index):視点取得・共感的関心などの下位尺度
    • 本人回答と家族回答を分けて取得する(乖離自体が所見となる)

分類上の論点

共感と心の理論は、概念として明確に区別されていない。 Schurz らは神経画像研究のメタ解析と統合的総説にもとづき、両者が「収束の限られた異種の過程を覆う傘概念(umbrella terms)であり、概念と分類法に関する合意が欠如している」と明言している [1]。つまり「共感」も「心の理論」も、単一の機能を指す用語ではなく、部分的にしか重ならない複数の過程をまとめて呼ぶ便宜的な名前だということである。

この問題は本データベースの構成にも直接影響する。 上に述べた認知的共感は、実質的に心の理論とほぼ同じものを指している。 他者が何を感じ・何を考えているかを推論する過程を、共感研究の文脈では「認知的共感」と呼び、心の理論研究の文脈では「情動的な心の理論」と呼んでいるにすぎない。したがって共感の障害と心の理論の障害を独立した項目として立てると、同一の現象を二重に計上することになる。

本データベースでは両者を別項目として残しているが、それは両者が別の症候だからではなく、臨床の場でどちらの語からも検索されうるためである。 実際の症例で「共感の障害あり、心の理論の障害あり」と併記しても、独立した二つの所見が得られたことにはならない。実際、行動障害型前頭側頭型認知症とアルツハイマー型認知症を比較したメタ解析でも、評価されているのは心の理論課題の成績である [4]。記録する際は、抽象的な構成概念名ではなく、どの課題でどう失敗したかを書くほうが情報量がある。

情動的共感と認知的共感の区別についても、神経基盤の分離は部分的なものにとどまる。 島皮質・前部帯状回と内側前頭前野の対応はメタ解析で繰り返し示されているが、両者を独立した系とみなせるかどうかは、まだ決着していない。

行政的な「社会的行動障害」との対応については、脱抑制の項に置いた対応表を参照されたい。

文献

  1. Schurz M, Radua J, Tholen MG, Maliske L, Margulies DS, Mars RB, et al. Toward a hierarchical model of social cognition: A neuroimaging meta-analysis and integrative review of empathy and theory of mind. Psychol Bull 2020;147(3):293-327.(神経画像メタ解析および統合的総説。PMID 33151703 / DOI
  2. Neumann D, Zupan B, Malec JF, Hammond F. Relationships between alexithymia, affect recognition, and empathy after traumatic brain injury. J Head Trauma Rehabil 2014;29(1):E18-27.(原著。PMID 23407425 / DOI
  3. Williams C, Wood RL. Alexithymia and emotional empathy following traumatic brain injury. J Clin Exp Neuropsychol 2009;32(3):259-67.(原著。PMID 19548166 / DOI
  4. Bora E, Walterfang M, Velakoulis D. Theory of mind in behavioural-variant frontotemporal dementia and Alzheimer's disease: a meta-analysis. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2015;86(7):714-9.(メタ解析。PMID 25595152 / DOI