問い
ある能力の欠落が「症状」として立ち上がるのは、その能力を要求する社会があるからではないか。だとすれば高次脳機能障害の症状学は、どこまでが神経学的な事実で、どこからが社会的な規定なのか。
この問いが出た文脈
新しい場所を覚えられないという訴えをめぐって立った。一人で暮らしていれば困らない能力は、そもそも症状として立ち上がらないのではないか、という論点である。何かが「できない」と言えるのは、みんなができることに対してできないからであって、その「正常」は社会がかなりの部分を規定している、という指摘が出た。
主催者もこれに同意し、社会生活で必要のない能力なら症状にならないと述べた。過去回で扱った地誌的能力の地域差(都市部と農村ではナビゲーション能力の必要性が違う)とも接続している。会ではフーコーとマクルーハンが参照された。
締めくくりでは、人文系の思考と科学的な思考を往復することの価値が語られており、この問いはその往復の具体例にあたる。
前提となる考え方
読み手に哲学の予備知識を要求しないよう、必要な語と、その語が置かれている論争の形を先に示す。
会の議論は、哲学では別々に扱われる二つの区別を束ねている
| 区別 | 問い | 主に争われている場所 |
|---|---|---|
| ① 病理 / 非病理 | この状態は「疾患・機能不全」か | 疾患概念の哲学 |
| ② 機能障害 / 障害 | 機能障害はいつ不利益になるか | 障害学 |
会で出た「一人で暮らしていれば困らない能力は症状として立ち上がらない」は、文字の上では①を言っているように見えるが、内容はほぼ②である。この二つを分けておかないと、賛否がすれ違う。
①をめぐる対立 — 自然主義と規範主義
自然主義(naturalism)は、疾患を生物学的な事実として定義でき、その定義に価値判断は入らないとする立場である。規範主義(normativism)は、疾患という概念が「それを持っているのは悪いことだ」という評価を必ず含むとする。構築主義(constructivism)は規範主義の一種で、疾患カテゴリーが社会過程の産物であることをとくに強調する。
この対立の基準点になっているのが、Christopher Boorse の生物統計理論である。以後の議論の多くは、この理論への賛否か、その修正案として組み立てられている(SEP「Concepts of Disease and Health」、Dominic Murphy)。
②をめぐる対立 — 障害の社会モデル
障害学の側では、英国の障害当事者運動(UPIAS)とそれを理論化した Mike Oliver に由来する社会モデルが基準点になる。社会モデルの標準形は、 impairment(機能障害=個人の身体的特性)と disability(社会組織が適応に失敗した結果として生じる不利益)を切り分け、社会が作るのは後者だと言う(Wasserman & Aas, SEP)。
ここは誤読されやすい。社会モデルに立っても、「海馬病変による地誌的記憶の低下」という記述自体は残る。残らないのは「だから障害である」の部分である。つまり社会モデルの標準形は、①が社会構築だとは主張していない。
ただしこの切り分け自体が批判されている。SEP は、impairment の側も社会的に構成されているという反論(Cole 2007、Tremain 2001・2017)と、生物学的機能障害と社会的排除は「深く絡み合っていて解きほぐしがたい」という反論(Martiny 2015)を挙げている。
以下で使う三つの語
- ICF(国際生活機能分類、WHO 2001) — 障害を、個人の側の欠損としても社会の側の障壁としてもなく、健康状態と環境的・個人的因子との動的な相互作用として記述する枠組み。 SEP はこれを、医学モデルと社会モデルの間に立つ相互作用主義的アプローチと位置づける
- ループ効果(Ian Hacking、SEP「Naturalistic Approaches to Social Construction」)— 人を分類する概念が対象そのものを変えてしまう回帰的な過程。ある振る舞いの概念化が社会的応答を生み、その応答が同時に、当人のその振る舞いの遂行のしかたを形づくる。 Hacking が事例として扱ったのは「児童虐待」「多重人格障害」「遁走」である
- エナクティヴィズム — 心を脳内の表象処理としてではなく、身体をもつ生物と環境との相互作用の過程として捉える立場。後述の生態学的-エナクティヴ・モデルは、これを障害論に持ち込んだもの
なぜ答えが出ないのか
この問いが原理的に決着しないのは、「正常」の定義が経験的事実ではなく規範を含むからである。そのうえ、上の①と②の境界線がどこにあるか自体が争われている。本項は map 型であり、どの立場も勝者として書かない。
なお、会は「症状は社会が決める/決めない」という二択で進んだが、専門文献の主流はどちらでもない。後述する二段階の描像がそれにあたる。
論点の配置
病理は社会と独立に定義できる — Boorse の生物統計理論
Boorse は機能を「種に典型的な、生存と生殖への寄与」と定義し、疾患を「参照クラスの母集団平均から一定距離以上下に機能が落ちること」とする。線引きの位置は約束事(conventional)だが、Boorse はこの約束事の要素が客観性を脅かすものではないと考える。この立場に立てば、社会が決めるのは症状かどうかではなく、その機能不全が治療を要するかどうかである。
SEP はこの理論への批判を四つ挙げている。参照クラス問題(どの母集団が一様な生物学的設計図を共有するかを指定する作業が、規範的判断なしには行えない。Kingma)、蔓延した病理(虫歯は統計的に正常だが病理である)、線引きの困難(血圧のような連続変量で正常/異常の境を引けない)、そして統計的正常 ≠ 医学的正常(Wachbroit は、生理学における正常は統計的平均よりも物理学の理想化された対象に近く、教科書的な心臓は統計的にはきわめて稀かもしれないと論じる)。
会の発言「みんなができることができないから異常」は、この参照クラス問題そのものである。「新しい場所を覚えられない」を異常と呼ぶには比較対象の母集団が要るが、その母集団の切り方(年齢・教育年数・生活圏)を選ぶ時点ですでに判断が入っている。会の直観は素人の思いつきではなく、疾患概念論の中心的な難所を突いている。
疾患カテゴリーを駆動しているのは価値である — 規範主義・構築主義
SEP は、構築主義者が「係争事例は事実についての無知を暴いているのではなく、異なる社会集団の価値の衝突を暴いている」と主張すると整理する。挙げられているのは、機能不全は疾患であるために必要ではないとする Lenn Reznek、疾患を「持っているのが悪いことで、かつ医学的対処を要すると判断されるもの」とする Rachel Cooper、構成の問い(物理的基盤は何か)と地位の問い(何がそれを疾患にするか)を区別して「規範的なものが形而上学的に先行する」と論じる S. Glackin、疾患カテゴリー化の社会過程を追跡する Peter Conrad である。
この立場を支えているのは歴史的事例である。SEP が挙げるのは、drapetomania (逃亡奴隷であることを病とした 19 世紀米国の診断)、同性愛の精神疾患分類、女子割礼で、いずれも「価値が診断を駆動した」ことの争いの少ない実例として機能している。
正常/異常そのものが近代的な権力の産物である — フーコー
以下は SEP「Michel Foucault」(Gary Gutting & Johanna Oksala)の記述に基づく。
Foucault の議論の起点は、処罰のあり方の歴史的な変化にある。古い司法的処罰は行為を適法/違法と判定するだけで、判定される者が正常か異常かを示さなかった。これに対し近代の規律権力は、細密な規範を課すことで正常化(normalization)を行う。これは教育・医療・産業を通じて「われわれの社会に遍在する」ものになった。
その中核装置が検査(examination)である。検査は階層的観察と正常化判定を結合して Foucault が権力/知と呼ぶものを生み、その結果は文書に記録されて個人を症例(case)に変える。SEP はこれを「ケアは常に同時に管理の機会でもある」とまとめる。
『狂気の歴史』で Foucault は、「狂人は単に病んでいて医学的治療を要する」という近代の観念が以前の考え方に対する明白な改善ではまったくないと論じ、「客観的で反論の余地のない科学的発見として提示されたもの(狂気は精神疾患であるということ)は、実際にはきわめて疑わしい社会的・倫理的コミットメントの産物だった」とする。 IEP も、収容施設は「すでに権力の座にある個人を特権化する合理性のモデル」の適用を通じて出現し、多くの社会成員を理性的行為者の圏から排除したと整理している。
ただし SEP は、『臨床医学の誕生』はこれより抑制的であり、医学は精神医学に比べて相当量の客観的真理を持っていたため「Canguilhem の概念史の伝統における標準的な科学史にずっと近い」と注記する。Foucault 自身が身体医学と精神医学を同列に置いていない。
したがって「Foucault を引けば高次脳機能の症状学がまるごと社会構築だと言える」という推論は、SEP の記述からは出てこない。出てくるのはもっと限定的で、しかし鋭い主張である。すなわち検査という装置が、個人を症例に変換し、同時に正常の基準を生産している。これは下の争点1に直結する。
分類が対象を作り変える — Hacking のループ効果
SEP は、医学的分類が「理論が表象しているはずの特性の束を、分類システムが産出する」パターンの典型だとする。ただし Mallon の整理でこの問いに最も効くのは、「理念の構築」と「対象・人の構築」の区別のほうである。多くの構築主義的主張は、実は理論の社会的構築を言っているのであって、文字どおりの世界制作を言っていない。この区別は会の主張を二つに割る。「症状というカテゴリーが社会的に作られた」と「能力の欠落そのものが社会的に作られた」は、まったく強さの違う主張である。
障害は人と環境の相互作用である — ICF と生態学的-エナクティヴ・モデル
SEP が ICF と並べて相互作用主義の側に置くのは、障害を、現在の社会が適応できている範囲を超えた属性の変異の延長とみなし普遍的な人間経験として扱う人間変異モデル(Scotch & Schriner、Irving Zola)、偏見に由来する影響を明示的に除いたうえで福利の有意な低下を引き起こす安定した性質と定義する福祉主義的見解(Kahane & Savulescu 2009)、障害は「第一義的には問題ではなく」「世界のなかで生き、世界を経験する異なった仕方」だとする肯定モデル(Swain & French 2000)である。
ここに PubMed 側の理論提案が接続する。 Toro, Kiverstein & Rietveld 2020(PMID 32595560、理論論文)の生態学的-エナクティヴ・モデルは、医学モデルと社会モデルのどちらもが障害当事者の生きられた身体の経験を見落とし、障害者の身体を生理学的身体に還元していると批判する。著者らは障害と病理の概念を切り離し、正常な身体化と病理的な身体化の違いを環境の変化に適応する能力に置く。Jarl & Lundqvist 2018(PMID 29676966)も、医学モデルと社会モデルはどちらも人を「健常/障害」にカテゴリー分けするのに対し、 ICF の基礎にある生物心理社会モデルは人間の機能に関する普遍主義的な見方を示唆する、と述べている。
Toro らの定式は、会の直観の一部を厳密化しつつ残りを退ける。「一人で暮らしていれば困らない」を、環境が要求を課さない状態と読めば、適応能力の問題は顕在化しない。しかし環境が変われば顕在化しうるのであって、「症状が存在しない」ことにはならない。
機能不全は自然的事実、症状化は規範的判断 — Wakefield の二段階説
Jerome Wakefield の有害な機能不全分析(harmful dysfunction analysis)は、二つの判断を要求する。
- 心理的または生物学的機構が、自然選択がそれを設計した機能を果たしていない
- その機能不全が有害な帰結を引き起こしている
IEP はこの二点目を「その障害が、その人の文化の基準に照らして判断される、人に対する利益の剥奪を引き起こす場合に、人はその障害によって害される」と定式化する。つまり Wakefield は自然主義でも規範主義でもなく、両者の合成である。第一条件が自然主義的で、第二条件が文化相対的である。
そしてこれは孤立した立場ではない。SEP は「現代の理論家の大半は二段階の描像を採用している」と述べる。まず生物学的機能不全に合意し、次にその機能不全が医学的介入に値する苦痛を引き起こすかを判断する、という構えである。会の二択はこの分業案を取りこぼしており、会で出た二つの立場は、どちらの段を強調するかの違いとして読み直せる。
SEP による批判も記しておく。当該の系が本当に自然選択の産物かを決めるのが難しいこと、スパンドレル(副産物)は Wakefield の枠組みでは機能不全を起こしえないこと、生存ではなく生殖のみに影響する状態の分類が困難であること。
どちらの側にも残る宿題
SEP は両陣営に共通する未解決問題を挙げている。なぜ特定の有害な状態が、道徳的・社会的・美的な欠陥ではなく医学的事柄になるのか。構築主義者は「何がある種の判断を医学的なものにするのか」の説明を負い、自然主義者は正常変異と病理の科学的に根拠づけられた区別を確立しなければならない。この宿題は、会の問いそのものの言い換えになっている。
実証と接触する争点
争点1 — 神経心理検査は規範を内包しているか
この争点だけは、哲学の議論に留まらず PubMed 側に直接の証拠がある。最も強い一本は Franzen et al. 2019(PMID 31511111、Systematic Review、44 研究)で、神経心理検査は「(西洋の)文化・教育・識字への依存のため、文化的に多様で低教育の集団に対してそのまま用いることはできない」と述べている。
| 文献 | article_type | n | 所見 |
|---|---|---|---|
| Franzen et al. 2019(PMID 31511111) | Systematic Review | 44 研究 | 西洋型検査は文化・教育・識字に依存。注意・構成の課題が特に低教育者に不適 |
| Nijdam-Jones et al. 2017(PMID 28639802) | Journal Article | 3,590(中南米 8 か国) | 症状妥当性検査 TOMM(詐病の検出を目的とする記憶課題)の成績が教育水準と正に相関し、国連人間開発指数とも正に相関。北米英語話者で作られたカットオフの適用に警告 |
| Nielsen 2019(PMID 30272111) | Journal Article | 20+21 | 16 指標中 10 で非識字/識字の群間差なし。差が出たのは処理速度・遂行機能・視空間構成 |
| Araujo et al. 2020(PMID 32130401) | Journal Article | 135 | 就学年数の影響が最も小さかったのは RUDAS・スーパーマーケット流暢性・遅延再生・手がかり再生 |
| Lim et al. 2010(PMID 20560092) | Journal Article | 352 | 正式教育のない高齢者は RBANS の 5 指標中 4 と総得点で有意に低成績 |
| Hernandez Saucedo et al. 2022(PMID 33842969) | Journal Article | 1,695 | 人種/民族と教育は検査得点と可変的に関連(語彙・意味記憶で最強)。ただし MCI/認知症の臨床診断との関連は人種/民族群を超えてほぼ差がなかった |
この表は、争点1について一方的な答えを出さない。そこが重要である。
- 構築主義を支える読み — 検査の課題選択そのものが特定の文化・教育経験を前提しており、 Nijdam-Jones らの「人間開発指数と相関する詐病検査」は極端な例である。 Foucault の「検査が正常の基準を生産する」という主張の、地味だが具体的な裏づけになる
- 自然主義を支える読み — Hernandez Saucedo らは、人口統計変数の影響を差し引いても臨床診断と検査成績の関連が民族群を超えて安定していたと報告し、これを「脳の健康の指標としての妥当性を支持する」と結論している。 Nielsen も 16 指標中 10 で群間差を見出していない
「検査は規範を内包する」は、内包の程度が課題によって大きく違う。規範依存が濃い課題(構成・処理速度・命名)と薄い課題(遅延再生・手がかり再生)が分かれており、「検査一般が社会的規範だ」も「検査は中立な測定だ」もどちらも粗い。
争点2 — 環境依存性は「症状の有無」か「程度」か
Coutrot et al. 2022(PMID 35355009、Nature、n=397,162、38 か国)がこの争点の経験的な中核にある。ビデオゲームに埋め込んだ非言語的空間ナビゲーション課題で、人は自分が育った環境と位相的に似た環境でのナビゲーションが上手かった。街路網エントロピー(街路の向きがどれだけ不規則かの指標)の低い都市(例:シカゴ)で育つと規則的なレイアウトの面で、都市外またはエントロピーの高い都市(例:プラハ)で育つとより無秩序な面で、それぞれ成績が良い。
これは会の「都市部と農村ではナビゲーション能力の必要性が違う」を、必要性ではなく能力の側で裏づけているが、会の直観より込み入っている。農村では能力が要らないのではなく、別の形の能力が育っているからである。refs の地誌的障害の項が「よく知っている場所でも道に迷う」を挙げているとおり、何を「よく知っている場所」とみなすかが育った環境で変わりうる。
では、これは症状の有無の問題か、程度の問題か。
- 有無だとする読み(社会モデル寄り)— 訴えが生じない環境では disability が存在しない。 ICF の枠組みでも、環境因子が participation の制限を作らなければ、障害という帰結は成立しない
- 程度だとする読み(自然主義寄り)— 海馬・傍海馬回の機能低下は測定可能な事実として存在し続けており、環境が変わればただちに顕在化する。 Toro らの「環境の変化に適応する能力」という定式はこちら側に寄る
この二つを実証的に分ける方法は見つけられなかった。両者は同じデータを違う言葉で記述している可能性が高い。
神経心理検査の生態学的妥当性(検査成績が日常生活での機能をどれだけ予測するか)の側からも同じ論点が来る。Chaytor & Schmitter-Edgecombe 2003(PMID 15000225、Review)は多くの神経心理検査が日常認知機能の予測において中程度の生態学的妥当性を持つとする。 Weber, Goverover & DeLuca 2019(PMID 31469351、Review)はさらに、「神経心理検査は生態学的に妥当か」という広い問いを立てること自体が心理測定上・概念上の落とし穴を招くと論じている。「検査で落ちている」と「生活で困っている」の間には、最初から中程度の相関しかない。これは会の直観と両立するが、会の直観よりも穏当な結論しか支えない。
争点3 — 臨床実践への含意(ここは特に慎重に扱う)
「社会構築的な見方に立てば介入目標が環境調整に移る」という推論は、本項の範囲では成り立たない。 三つの理由がある。
第一に、論理的に飛躍がある。社会モデルの標準形(Wasserman & Aas による整理)は impairment の存在を否定しない。impairment が社会的に構成されているというより強い主張(Tremain)を採ったとしても、そこから「機能回復訓練より環境調整が有効である」という効果についての主張は出てこない。存在論的主張と介入方針は別の層にある。
第二に、環境調整の効果に条件がある。Loke et al. 2015(PMID 26472747、n=2,563)は ICF モデルを大規模データで検討し、「環境調整は中等度の機能障害を持つ人には利益をもたらすが、高度の機能喪失にはもたらさない」と報告している。とりわけ認知の欠損がある場合、機能障害が高度になると活動遂行のばらつきが消失する(四分位範囲が 2.00 から 0.00 へ)とされる。ただしこれは単一の観察研究であり、対象は特定国の地域在住高齢者であって、高次脳機能障害者一般に外挿できない。示せるのは、「環境調整で置き換えられる」という一般化が少なくとも無条件には成り立たない、という点までである。
第三に、SEP が挙げる社会モデル批判がそのまま効く。より強い版の社会モデルは、機能障害が独立した不利益の源泉であることを過小評価しているという批判がある(Anastasiou & Kauffman 2013、Terzi 2004・2009、Shakespeare 2006)。
したがってこの節では臨床的な指示を書かない。社会構築的な見方が介入の目標を変えるかどうかは、争点であって結論ではない。
争点4 — 「症状として立ち上がらない」ことは良いことか
会でも正面から扱われなかったが、地図の上に置いておく価値がある。
Hacking のループ効果が正しいなら、分類されないことは「そのままの状態が保たれる」ことを意味しない。分類は資源へのアクセス、他者の応答、自己理解を同時に変える。「一人で暮らしていれば症状にならない」は、記述としては成り立っても、そこから「だから診断しなくてよい」は出てこない。 Swain & French の肯定モデルと Kahane & Savulescu の福祉主義的見解は、この点で正面から対立している。
分かっていないこと
以下は確認できていない。推測で埋めない。
- マクルーハンは完全に未調査である。 会で参照されたが、SEP にも IEP にも Marshall McLuhan の項目を見つけられなかった。メディア論側の主張は、取得できた項目に基づいて書けないため本項には一切書いていない。次の再訪で扱うべき最大の欠落である
- PhilPapers に到達できなかった。
philpapers.orgは HTTP 403 を返し、カテゴリー閲覧も検索も行えていない。哲学側の情報源は SEP 3 項目と IEP 2 項目に限られる - Nordenfelt と Engelhardt を一次的に確認できていない。 IEP(Marcum)が Nordenfelt らの立場を「人の価値と客観的な生理学的状態を組み合わせた規範的概念」としての well-being に位置づけているが、それ以上は取得できていない。Engelhardt については取得できた記述がなく、本文に書いていない
- Tremain の議論は間接的にしか確認できていない。 本項の Tremain への言及は SEP「Disability」の記述のみに基づく。SEP「Feminist Perspectives on Disability」(Anita Silvers)には、フーコー的障害論・Tremain の実質的な扱いがなかった
- 高次脳機能障害を対象とした、症状概念の社会的規定に関する実証研究は同定できていない。争点1・2 で引いた文献は認知症・多発性硬化症・脊髄損傷・健常者コホートを対象としており、外傷性脳損傷や脳血管障害後の高次脳機能障害を直接扱ったものではない
- 争点2は未決着のまま残る。「症状の有無」と「程度」を実証的に分ける方法を見つけられなかった
- 日本語圏の議論は未調査。 障害学・医療社会学の日本語文献、および日本の高次脳機能障害の行政的定義(診断基準が社会的支援の要件と結びついている)は本項の射程外である。この問いにとって本来きわめて重要な材料である
- ICF の一次文書(WHO 2001)を直接読んでいない。 ICF についての記述はすべて SEP と PubMed 掲載論文の要約を経由している
読書案内
最初の一本は、目的によって変わる。
- ①の軸(病理とは何か)から入る — SEP「Concepts of Disease and Health」(https://plato.stanford.edu/entries/health-disease/)。参照クラス問題の節だけでも、会の「みんなができることができないから異常」がなぜ難所なのかが分かる
- ②の軸(機能障害と障害)から入る — SEP「Disability: Definitions and Models」(https://plato.stanford.edu/entries/disability/)。impairment / disability の区別を先に押さえておかないと、社会モデルを実際より強い主張として誤読する
- フーコーを引くなら — SEP「Michel Foucault」(https://plato.stanford.edu/entries/foucault/)の規律・検査・正常化の節。『臨床医学の誕生』と『狂気の歴史』で主張の強さが違うことを確認してから引くこと
- 「分類が対象を作り変える」を掘る — SEP「Naturalistic Approaches to Social Construction」(https://plato.stanford.edu/entries/social-construction-naturalistic/)。理念の構築と人の構築の区別が、この議論を整理する最も実用的な道具である
- 精神医学側の見取り図 — IEP「Philosophy of Mental Illness」(https://iep.utm.edu/mental-i/)。Szasz・Wakefield・Foucault・interactive kinds が一つの流れに並べられている
- 実証側で一本だけ読むなら — Coutrot et al. 2022(PMID 35355009)。会の「地域差」の話が推測でないことが確認できる。反対側から読むなら Hernandez Saucedo et al. 2022 (PMID 33842969)で、「検査は社会規範の反映にすぎない」という読みへの反証になる
- 理論的な統合案 — Toro, Kiverstein & Rietveld 2020(PMID 32595560)。医学モデルと社会モデルの両方を批判し、正常と病理の差を「環境の変化に適応する能力」に置き直す提案
臨床への含意は本項では書かない。 争点3 で述べたとおり、存在論的な立場から介入方針は導けず、そもそも map 型の問いである。
出典
哲学側の文献は SEP / IEP から取得し、本文の要約は取得した項目の記述のみに基づく。 PubMed 由来の文献情報は get_article_metadata で実在確認し、 article_type は PubMed が返した値をそのまま記す。 PhilPapers は HTTP 403 のため参照できていない。
哲学(SEP)
- Murphy, Dominic. Concepts of Disease and Health. Stanford Encyclopedia of Philosophy. 初出 2008-09-22、実質改訂 2020(Spring 2020 版)。 https://plato.stanford.edu/entries/health-disease/
- Wasserman, David & Aas, Sean. Disability: Definitions and Models. Stanford Encyclopedia of Philosophy. 初出 2011-12-16、実質改訂 2022-04-14。 https://plato.stanford.edu/entries/disability/
- Gutting, Gary & Oksala, Johanna. Michel Foucault. Stanford Encyclopedia of Philosophy. 初出 2003-04-02、実質改訂 2026-04-21。 https://plato.stanford.edu/entries/foucault/
- Mallon, Ron. Naturalistic Approaches to Social Construction. Stanford Encyclopedia of Philosophy. 初出 2008-11-10、実質改訂 2024-06-05。 https://plato.stanford.edu/entries/social-construction-naturalistic/
- Silvers, Anita. Feminist Perspectives on Disability. Stanford Encyclopedia of Philosophy. 初出 2009-05-04、実質改訂 2013-08-29。 https://plato.stanford.edu/entries/feminism-disability/ — フーコー的障害論・Tremain の実質的な扱いはなかった。 参照した記録として残す
哲学(IEP)
- Ramirez, Erick. Philosophy of Mental Illness. Internet Encyclopedia of Philosophy. 日付の記載を確認できず。https://iep.utm.edu/mental-i/
- Marcum, James A. Philosophy of Medicine. Internet Encyclopedia of Philosophy. 日付の記載を確認できず。https://iep.utm.edu/medicine/
IEP に障害(disability)を主題とする独立項目は見つからなかった。 iep.utm.edu/disabili/ と iep.utm.edu/health-disease-philosophy/ はいずれも 404 だった。
実証(PubMed)— 検査の文化・教育依存性
- Franzen S, van den Berg E, Goudsmit M, Jurgens CK, van de Wiel L, Kalkisim Y, Uysal-Bozkir Ö, Ayhan Y, Nielsen TR, Papma JM. A Systematic Review of Neuropsychological Tests for the Assessment of Dementia in Non-Western, Low-Educated or Illiterate Populations. J Int Neuropsychol Soc. 2020;26(3):331-351. PMID 31511111. Systematic Review. 44 研究. DOI
- Nijdam-Jones A, Rivera D, Rosenfeld B, Arango-Lasprilla JC. A cross-cultural analysis of the Test of Memory Malingering among Latin American Spanish-speaking adults. Law Hum Behav. 2017;41(5):422-428. PMID 28639802. Journal Article. n=3,590. DOI
- Nielsen TR. Effects of Illiteracy on the European Cross-Cultural Neuropsychological Test Battery (CNTB). Arch Clin Neuropsychol. 2019;34(5):713-720. PMID 30272111. Journal Article. n=20+21. 著者自身が「より大きなサンプルでの再現が必要」と留保している. DOI
- Araujo NB, Nielsen TR, Barca ML, Engedal K, Marinho V, Deslandes AC, Coutinho ES, Laks J. Brazilian version of the European Cross-Cultural Neuropsychological Test Battery (CNTB-BR): diagnostic accuracy across schooling levels. Braz J Psychiatry. 2020;42(3):286-294. PMID 32130401. Journal Article. n=135. DOI
- Lim ML, Collinson SL, Feng L, Ng TP. Cross-cultural application of the Repeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status (RBANS): performances of elderly Chinese Singaporeans. Clin Neuropsychol. 2010;24(5):811-26. PMID 20560092. Comparative Study / Journal Article. n=352. DOI
- Hernandez Saucedo H, Whitmer RA, Glymour M, DeCarli C, Mayeda ER, Gilsanz P, Miles SQ, Bhulani N, Tomaszewski Farias S, Olichney J, Mungas D. Measuring Cognitive Health in Ethnically Diverse Older Adults. J Gerontol B Psychol Sci Soc Sci. 2022;77(2):261-271. PMID 33842969. Journal Article. n=1,695. 横断研究であり因果は示さない. DOI
実証(PubMed)— 環境依存性
- Coutrot A, Manley E, Goodroe S, Gahnstrom C, Filomena G, Yesiltepe D, Dalton RC, Wiener JM, Hölscher C, Hornberger M, Spiers HJ. Entropy of city street networks linked to future spatial navigation ability. Nature. 2022;604(7904):104-110. PMID 35355009. Journal Article. n=397,162(38 か国). ビデオゲームに埋め込んだ課題であり、育った環境は自己申告である. DOI
- Loke SC, Lim WS, Someya Y, Hamid TA, Nudin SSH. Examining the Disability Model From the International Classification of Functioning, Disability, and Health Using a Large Data Set of Community-Dwelling Malaysian Older Adults. J Aging Health. 2016;28(4):704-25. PMID 26472747. Journal Article. n=2,563. 単一国の地域在住高齢者コホート。高次脳機能障害者への外挿はできない. DOI
実証(PubMed)— 生態学的妥当性
- Chaytor N, Schmitter-Edgecombe M. The ecological validity of neuropsychological tests: a review of the literature on everyday cognitive skills. Neuropsychol Rev. 2003;13(4):181-97. PMID 15000225. Journal Article / Review. DOI
- Weber E, Goverover Y, DeLuca J. Beyond cognitive dysfunction: Relevance of ecological validity of neuropsychological tests in multiple sclerosis. Mult Scler. 2019;25(10):1412-1419. PMID 31469351. Journal Article / Review. DOI
- Pieri L, Tosi G, Romano D. Virtual reality technology in neuropsychological testing: A systematic review. J Neuropsychol. 2023;17(2):382-399. PMID 36624041. Systematic Review. 本文では引用していないが、「臨床使用に耐える VR 検査はごく少数で、大半は規準データも心理測定的性質も未整備」という所見は争点1・2 の双方に関わる. DOI
理論(PubMed)— 障害モデル
- Toro J, Kiverstein J, Rietveld E. The Ecological-Enactive Model of Disability: Why Disability Does Not Entail Pathological Embodiment. Front Psychol. 2020;11:1162. PMID 32595560. Journal Article. 理論論文であり、参照している現象学的インタビューの対象は脳性麻痺当事者である. DOI
- Jarl G, Lundqvist LO. An alternative perspective on assistive technology: The person-environment-tool (PET) model. Assist Technol. 2020;32(1):47-53. PMID 29676966. Journal Article. DOI
- Schwab SM, Spencer C, Carver NS, Andrade V, Dugan S, Greve K, Silva PL. Personal factors understood through the Ecological-Enactive Model of Disability and implications for rehabilitation research. Front Rehabil Sci. 2022;3:954061. PMID 36439551. Journal Article. 本文では引用していないが、 ICF の「個人因子」がリハビリテーション研究で十分に理解されていないという指摘は争点3 に関わる. DOI