← 高次脳機能部 wiki

「内言語」という語は何を指しているのか

inner-speechaphasiaterminology

問い

「内言語」は頭の中の何を指しているのか。単一の能力なのか、それとも別々に壊れうる複数の働きの束なのか。

この問いが出た文脈

失語の症状をどう記述するかを話しているさなかに、「内言語」とは我々が普段いう言語と同じものを指すのか、という確認の質問から立った。別の参加者は「具体的に何をどこまでをカバーする語なのか、真剣に考えたことがなかった」と応じている。この時点で、それまでの議論が共通の定義なしに進んでいたことが明らかになった。

同じ場で二つの捉え方が並んだ。一つは症状を内言語そのものの障害として捉える立場、もう一つはシニフィアンとシニフィエの結びつきの障害として捉える立場である。(シニフィアン=語の音形、シニフィエ=それが指す概念。ソシュールの言語学に由来する対概念で、「語の形と意味の対応づけ」を指すために持ち出された。)さらに「ウェルニッケ失語の患者も頭の中では考えて話しているのだから、内言語は保たれているとも言える」という指摘も出た。

この語の定義には q-004(病識)q-005(言語を介さない思考)q-006 q-009 が依存している。定義が定まらないまま議論が積み上がっている状態だったため、ここで一度切り分ける。

前提となる考え方

「内言語」という語の来歴

この語には二つの系譜がある。

一つは発達心理学の系譜で、ヴィゴツキーの内言論にさかのぼる。子どもは初め声に出して独り言を言い(自己中心語)、それがやがて音声を失って頭の中に沈み込み、思考の道具としての内言になる、という発達の筋書きである。外に向かう言葉(外言)と区別してこう呼ぶ。この系譜では内言語は思考そのものの働きに寄っており、言語以前の概念的なものまで含みうる。

もう一つは失語症学の系譜で、こちらは語形のイメージ(言語心像)を思い浮かべる機能という、より狭く言語的な定義を採る。感覚失語・伝導失語と結びつけて語られる。

q-010 で調べた通り、日本語ではこの二つが「内言語」という同じ語に同居している。心理学・神経科学系の辞典(脳科学辞典)はヴィゴツキーの系譜に立って言語以前の思考まで射程に入れ、失語症学系の記述(世界大百科事典)は語形イメージの想起に限定する。用語が複数あるのではなく、一つの語が分野をまたいで別の意味で使われている。

英語側も一枚岩ではない。失語における内言語研究のスコーピングレビュー(scoping review=ある領域の文献を網羅的に見渡し、何がどこまで分かっているかを地図として示す総説の形式)は "definitions of inner speech vary across research groups" と明記している(Fama & Turkeltaub 2019)。

以下で「内言語」と書くときは、断りのない限り英語圏の研究で言う inner speech、すなわち発声を伴わない言語的な心的活動を指す。会で採用された作業定義(頭の中で言葉を発さずに文を組み立てる働き)はこれに近く、脳科学辞典の定義より狭い。

射程は失語に限定する。統合失調症の幻聴を内言語の誤帰属とみなす議論は隣接するが、会の問いから外れるため扱わない。

以下で使う用語

意味
語想起(語彙検索) 概念に対応する語を記憶から取り出すこと。呼称の失敗はここで起きることが多い
音韻検索 取り出した語の音の形(音韻形式)を組み立てること。語想起の下流にあたる
構音出力 音韻形式を実際の運動指令に変換し、声にする段階
黙韻判断(silent rhyme judgment) 二つの絵を見せ、声に出さずに名前が韻を踏むかを判断させる課題。頭の中で語形を作り、それを操作しないと解けない
二重解離 A は障害されるが B は保たれる者と、その逆の者が両方いること。二つが別々の仕組みであることの標準的な論拠
多成分モデル 一つの現象語を、独立に測れる複数の下位成分に分解して扱う立場

現時点での答え

「内言語」は単一の能力ではない。少なくとも二つの成分に分かれる。この問いに対する最も明確な答えは、この語は分解されるべきであるというものだった。

成分 操作的定義 代表的な課題
① 内的な語の想起 頭の中で語を思い浮かべられるか 黙って絵を見て「頭の中で言えたか」を自己報告する
② 想起した音韻形式の心的操作 思い浮かべた語形を操作できるか 黙韻判断

会で提示された作業定義(頭の中で言葉を発さずに文を組み立てる)は②に近い。一方、臨床で「内言語は保たれている」と言うときに念頭にあるのは ①であることが多いと思われる。

この区別が要る理由は単純である。測定法によって「失語で内言語は保たれる」と「失語で内言語は重度に障害される」という正反対の結論が出ていた。二成分に分けると、これは矛盾ではなく別のものを測っていたことになる。

内言語を単一の現象として扱わない立場は、失語研究に限った話ではない。 Psychological Bulletin の総説は発達・認知機能・現象学・神経基盤を横断して整理し、多成分モデルを提示している(Alderson-Day & Fernyhough 2015、Review)。哲学側からの総説も、内言語が抽象的思考・メタ認知・記憶・遂行機能といった複数の認知的役割を担うと整理している(Langland-Hassan 2020、Review)。

ただしこの二成分説は、後述の通り、対立する所見を整合させるために持ち出されたものであって、独立に検証されてはいない。

根拠

以下、n と研究デザインは各論文の記載による。

語の想起水準の内言語は、発話出力と解離しうる

この方向は比較的確からしい。複数の独立した測定が一致している。

研究 n デザイン 所見
Fama et al. 2019(JSLHR 53 症例対照 自己報告の内言語は語彙・音韻の検索と項目ごとに対応し、統制課題とは対応しない
Fama et al. 2019(Conscious Cogn 53 横断 自己報告の内言語は音韻検索と関連し、構音出力処理は内言語に必須でない
Fama & Turkeltaub 2019 Scoping Review 主観法・客観法の双方で、内言語が発話に対して相対的に保たれうると確認

つまり、声にする段階が壊れていても頭の中で語を思い浮かべる働きは残りうる。 ①が発話出力と別物であること自体は、比較的硬い。

黙って韻を判断させると、失語患者は重度に障害される

上の描像と正面から食い違う所見がある。

Langland-Hassan et al. 2015(Front Psychol)は黙韻判断を用い、失語患者の成績が対照群に比して重度に障害されていると報告した。

決定的なのは次の点である。普通に物品呼称ができ、声に出して聞かせれば韻の判断もできる患者が、それでも黙っての韻判断では重度に障害されていた。標準的な言語検査の成績とも相関しなかった。呼称ができるのだから語想起は働いており、聴かせれば韻が分かるのだから韻の概念も保たれている。欠けているのは、頭の中で語形を作ってそれを操作する段階だけということになる。

この対立は、上述の二成分説を採ると解消される。自己報告法は①を、黙韻判断は②を測っている。①は保たれ②は障害される、という併存はありうる。

ただしこれは事後的な整合であって、決着ではない。 Langland-Hassan らは論文中で「内言語・外言語・黙韻判断の関係について複数の説明がありうる」と自ら留保しており、どの解釈が正しいかは確定していない。

保たれた内言語と個別の言語機能との相関 — 数値は使えない

Stark et al. 2017(n=38)は、発話が不良な群で内言語と呼称の相関が r = .95(p < .01)、書字による絵の説明の平均発話長との相関が r = .96(p < .01)と報告している。

ただしこの部分群は n = 8 である。n = 8 で得られた r = .95 は信頼区間が極めて広く(真の値が .5 程度でもこの標本が出うる)、この数値を臨床判断の根拠にはできない。向きの示唆として読むにとどまる。

内言語と遂行機能の関係 — 弱い

Fama et al. 2024(n=59)は内言語と遂行機能の複数側面に関連を認めたが、著者自身が "tentative relationships"、"preliminary evidence" と記している。二重解離も報告されている(内言語が不良でも遂行機能が保たれる者、その逆もいる)。一方が他方に依存するという単純な関係ではない。

なお、①と②という二つの測り方を併用しているのはこの研究である。

カテゴリー化は保たれるが、自己評価の正確さは落ちる

Langland-Hassan et al. 2017(Acta Psychol)は、黙韻課題で内言語障害が確認された失語患者において、カテゴリー化そのものは障害されていない一方、自分が正しく分類できたかというメタ認知的判断が対照群より不正確だったと報告した。

言語なしでカテゴリー化はできるが、自己評価の正確さは落ちる。この切り分けは本項の射程を超えるが、q-004(病識)と q-005(言語を介さない思考)に直接効くので、両問いの調査で参照すること。

会で並んだ二つの捉え方はどう位置づくか

会での立場 本項の枠組みでの対応
内言語の障害として捉える ①②いずれの成分かを指定しないと検証できない
シニフィアンとシニフィエの結びつきの障害として捉える ①(語彙・音韻の検索)に近い記述とみなせる

両者は競合する仮説ではなく、別の水準の記述だった可能性が高い。

「ウェルニッケ失語の患者も頭の中では考えて話しているのだから内言語は保たれている」という指摘は①を指しており、本項の枠組みでは首尾一貫した見方である。ただし②が保たれているかは、そこからは何も言えない。別の判断が要る。

分かっていないこと

  • ①と②の二成分説は独立に検証されていない。対立する所見を説明するために持ち出された整合であって、二成分を同一被験者で同時に測り、解離を直接示した研究が要る
  • 自己報告は全員に使えるわけではない。Fama et al. 2019 では 53 名中 26 名がほぼ全項目で「頭の中で言えた」と答えて天井効果を示し(成績が上限に張りつき、個人差が見えなくなる現象)、項目単位の解析から除外された。さらに 6 名は報告の信頼性が低く、重症度が高く自分の発話の誤りの検出も不良だった。誰の自己報告が信用できるかを事前に見分ける方法はまだない
  • 失語型との対応は粗いままである。「語彙検索が比較的保たれ、障害が主に発話出力の水準にある者で内言語が保たれやすい」という水準までは言えるが、ブローカ/ウェルニッケ/伝導という古典的分類との対応を明示した知見は本調査では得られなかった
  • 日本語の臨床用語としての「内言語」の標準的定義は未確定q-010 参照)。本項の整理は英語圏の inner speech 研究に基づくものであり、日本の失語症臨床でそのまま通用するとは限らない

出典

文献情報は PubMed から取得し、全 PMID をメタデータ照会で実在確認した。

  • Fama ME, Turkeltaub PE. Inner Speech in Aphasia: Current Evidence, Clinical Implications, and Future Directions. Am J Speech Lang Pathol. 2019;29(1S):560-573. PMID 31518502. Review(Scoping Review). DOI
  • Fama ME, et al. The Subjective Experience of Inner Speech in Aphasia Is a Meaningful Reflection of Lexical Retrieval. J Speech Lang Hear Res. 2019;62(1):106-122. PMID 30950758. n=53、症例対照。DOI
  • Fama ME, et al. Self-reported inner speech relates to phonological retrieval ability in people with aphasia. Conscious Cogn. 2019;71:18-29. PMID 30921682. n=53、横断。 DOI
  • Fama ME, et al. Evidence from aphasia suggests a bidirectional relationship between inner speech and executive function. Neuropsychologia. 2024;204:108997. PMID 39251107. n=59。①②の二つの測定法を併用。 DOI
  • Stark BC, Geva S, Warburton EA. Inner Speech's Relationship With Overt Speech in Poststroke Aphasia. J Speech Lang Hear Res. 2017;60(9):2406-2415. PMID 28885640. n=38(相関を報告した部分群は n=8)。DOI
  • Langland-Hassan P, et al. Inner speech deficits in people with aphasia. Front Psychol. 2015;6:528. PMID 25999876. 黙韻判断で失語患者の重度障害を報告。 DOI
  • Langland-Hassan P, et al. Metacognitive deficits in categorization tasks in a population with impaired inner speech. Acta Psychol. 2017;181:62-74. PMID 29054044. DOI
  • Alderson-Day B, Fernyhough C. Inner Speech: Development, Cognitive Functions, Phenomenology, and Neurobiology. Psychol Bull. 2015;141(5):931-65. PMID 26011789. Review. 多成分モデルの出典。DOI
  • Langland-Hassan P. Inner speech. WIREs Cogn Sci. 2020;12(2):e1544. PMID 32949083. Review. DOI